奥さまの
お財布救援隊!懐かしい言葉でたどる日本の情緒

 

物思う秋です。外を舞う枯葉を見ながらしみじみと情緒にひたるのは、日本の四季のすばらしさです。今回は、懐かしい日本語をたどりながら日本の情緒を味わってください。

 

れ音(わすれね)

忘れ音とは、時節を過ぎて鳴く虫の音のこと。「きりぎりす 忘れ音に啼(な)く 火燵哉(こたつかな)」。元禄3年の冬。松尾芭蕉が伊賀に帰省の折、門弟の氷固亭にて詠んだ句です。山里伊賀はすでに冬の装いで、氷固は芭蕉のために暖かい炬燵を用意したけれど、初冬だというのに炬燵の中でか細くコオロギが鳴いていた様を詠んだそうです。コオロギの鳴き声は普通「コロコロ」と聞こえますが、忘れ音は「ヒョロヒョロ」とかぼそく、弱々しく聞こえます。最後の一匹の忘れ音だとしたら、物悲しくはかない音色で生(せい)を惜しんでいるのかもしれません。

 

響(たまゆら)

玉響とは「ほんの一瞬」のこと。万葉集の中にある「玉響(たまかぎる)」を「たまゆらに」とよみ、「玉(宝石)がゆらぎ、触れ合うようにかすかに」と解釈したことから発生した語だと言われます。宝石がゆれ、触れ合うほんの一瞬のきらめき。宇宙の歴史から見れば人生も玉響の時間であり、刹那(せつな)だからこそ美しいのでしょう。だんだんと日が短くなるこの頃

は、一日一日を大切にしたいという思いがつのりますは、特

土(うぶすな)

産土とは「自分たちが生まれた土地」を指す古語で、その土地を守ってくれる神を産土神、略して産土と呼びます。また、自分の住んでいる地域の地元の神社のことを「産土神社」といいます。神道では、産土神社に日々参ることで神とのコネクションがより強くなる、と考えられているそうです。「自分が生まれた場所=自分の原点」と解釈して、「うぶすな」を社名にしている企業もあります。故郷に帰るとさまざまな思いが去来するのは、故郷が「うぶすな」だからでしょうか。

 

分の花(じぶんのはな)

時世阿弥の花伝書に出てくる言葉です。能の世界では、若さによって発散される芸以前の一時的な面白さを「時分の花」といいます。反対語は「真(まこと)の花」で、稽古と工夫を究めた本当の芸のうまさを指します。二つの花を人生の時期にたとえてみると、30代までは「時分の花」。それ以降は「真の花」。つまり、ある程度の年齢になったら、“自分自身”という花を咲かせるための努力が必要なのかもしれません。しかし、どちらも美しい花です。